ユニバーススター
活動実績
1991年
○主席顧問・ティムチェンコ氏を通してクラフチューク大統領に平和の手紙を渡す。ウクライナでピースセレモニーを始める。

1991〜2000年
○ピースポール平和の記念塔をチェルノブイリに建てる。
○ペチュルスカヤ・ラーブラ、結婚式場、エネルゴダールやウクライナのたくさんの学校でピースセレモニーを開催。

1993&1995年
○ウクライナの子どもたちと先生方を“チェルノブイリに降りた天使たち”として日本に呼ぶ。
そして広島、千葉と東京で7回コンサートを、ウクライナ大使館の協力を得て開催。
それらはNHKやその他の局で10回放送される。

1995年
○“Peace Stars”というドキュメンタリー映画を、日本とウクライナの協働でつくる。特にウクライナ大使館の援助を得た。それをウクライナ 、オーストラリア、クロアチアと日本で世界平和のために公開。

2003年3月
○チェルノブイリ支援のためウクライナの医者他を招聘。

2003年4月
○No.91スクールとキエフのジャズ・アートスクールをピーススクールとして認定。2つの学校でセレモニーを開催。国営放送UK-1で 放送される。
○内務大臣スミルノフ氏より受勲。
○英雄・ジシャーチニコフ氏(チェルノブイリ浄化に携わった前内務省・消防庁長官 によりチェルノブイリ・リクイデーター(浄化する者)の勲章を受ける。
○チェルノブイリとジトミール地域のナロージチ訪問。約800万円の医療援助を行う。

2003年10月
○キエフNo.211スクール(UNESCO提携スクール)を、ピーススクールに認定。ピースセレモニー開催。TVで放映される。
○イワノ-フランキフスクNo.1スクールをピーススクールに認定。ピースポール贈呈。血圧測定器寄贈。ピースセレモニー開催。
○トルスカベッツNo.1スクールを、ピーススクールとして認定。ピースポール贈呈。血圧測定器寄贈。

2004年
○イワノ-フランキフスクNo.1スクールの先生と子どもたちを招聘。宮崎市長や宮崎の小学校生徒と交流。

2004年3月
○ピース・アート・フェスティバルを4回開催。ウクライナから35人のアーチストを招聘。45人の日本とスリランカのアーチストも加わる。 チェルノブイリ支援のチャリティー。

2005年6月
○キエフ市長オメルチェンコ氏とポルタバ市長に、ピースポール贈呈。
○キエフ市長オメルチェンコ氏より勲章を授与される。それらの模様は、12月31日に その年最大イベントの一つとして、ウクライナ政府からTVで報告される。
○ユーシチェンコ大統領軍兵士、ウクライナのピーススクールと共にピースセレモニー を開催。

2006年2月
○緊急事態省と国防省高官と会談。ロケット燃料、弾薬、チェルノブイリ放射能汚染を解決するため、日本の最新技術「ミハエル」 と「CO2回収型発電」を紹介。国営企業がピーススターズと仮契約を交わす。

2006年5月
@ウクライナの歴史上初めて、民間団体と共に、大統領府軍が、平和パレード、ピースセレモニーを行った。
ピーススターズ代表・吉田一敏とウクライナ支部長リディア・コルジュークのリードで、大統領府軍は、世界平 和のために祈り、行進した。同部隊は、世界平和を創るNGOピーススターズの、団体メンバーに認定され、 ピーススターズと吉田代表は、プラフタ司令官から、表彰された。

Aウクライナで最も権威が高い、軍の学校“キエフリツェイ”が、平和の学校“ピーススクール”になり、内部に “ピースセンター”が出来た。学長は、クラフチューク将軍で、ここで学んだ平和教育を、教師たちが、世界中 に伝えにいく方針。軍関係では世界初のこと!

Bウクライナ最大の大学“ウクライナ大学”が、ピースユ二バーシティに認定された。国内17の支部すべてで、 チェルノブイリの後遺症を含む身体障害者を、15%ずつ教育するが、全部で43000人の学生がおり、協労契 約を、NGOピーススターズと交わした。

Cウクライナ最大の外科医ピーター・フォーミン医師と、内視鏡の最高権威ミコラ医師が、NGOピーススターズの顧問に入った。

D非常事態省《チェルノブイリ省》のバローガ大臣に、医療機器2機を贈呈。バローガ大臣は、NGOピーススターズを表彰。12月の チェルノブイリ20周年、子供平和フェスティバル(東京)に、団長として来日する予定。

Eウクライナ国防省の国営企業と、ミランジ(ミサイル・ロケット燃料)を処理する日本の最新技術導入で、契約を交わした。2年後に 確実に染み出してくるミランジ16500トンによって、このままでは、確実にチェルノブイリの二の舞がおこることを、国民すら知らされてい ない。この革命的技術で、ミランジは確実に処理でき、さらにCO2の回収が進み、安いエネルギーが作り出される。

2007年
スリランカのピースツアーにて、仏舎利寺館長、大僧正、政治家etc.にピースメッセージ、ピースドールを手渡す。

2008年5月〜2009年
CO2を短期間に削減しうる“最新型バッテリー”と、その発展系であるEV(電気自動車)で世界中のガソリン車をコンバートしてゆく庶民運動を進めるセミナーを、約100回開催。(北海道、青森、宮城、茨城、栃木、東京、名古屋、大阪、京都、和歌山、岡山、
山口、沖縄本島、石垣島、宮古島)

2008年
スリランカ仏教会長やスリランカ仏教日本代表の大僧正に、東京にて、日本のナノカーボン製造テクノロジーを紹介。

2008年
○ピースメッセージ、ピースドールを、パルテノン神殿やデルフィ、メテオラの4つの
 修道院などの聖職者や軍人を含めたギリシャ、トルコの庶民etc.に手渡す。
○ピースメッセージ、ピースドールを、インドネシア大統領、官房長官etc.に届ける。
○ピースメッセージ、ピースドールを、アメリカの庶民に手渡す。
○ピースメッセージ、ピースドールを、アラブ首長国連邦大使etc.に届ける。

2009年1月
○ピースメッセージ、ピースドールを、ヨルダン皇室、アブブ政府高官、発電所総裁、ドイツ、マルタ、ネパール、台湾、パキスタン、フィリピン、ビルマ等々の人々に手渡す。同時に、新型蓄電システムの発明者たちを、同ヨルダン皇室、アラブ政府高官etc.に引き合わせる。

2009年1月
ヨルダン皇室の出身で、中東の3,000のタワーを建設したゼロエミッションの都市空間アーティスト、アーマド・ズヒール・モハメッド・ナツア氏が、ユニバーススターの顧問ならびにピースアーティストに認定される。

2009年2月
沖縄の宮古島市役所の「エコアイランド構想」に、新型蓄電システムを紹介する。

2009年3月
スリランカから2つの学校を招聘(セナナヤーカスクールとミスティカルローズ)。
中学校、ピースセンター等と交流。

2009年4月
ウクライナ共和国のチェルノブイリ23周忌式典を、首都キエフのスビャトーシン区のバヨルカ市で、同地自治体らと共催。 この地の人々に“新しい世代の軍人は、銃を大地において、世界平和に立ち上がる!”というビジョンが受け入れられ、12才の少年兵士たちが、その純粋さと規律の美をもって、190カ国の旗を揚げつつ世界平和を祈った。
数1000人の参加者の中には、チェルノブイリ被災者が多く含まれていたが、全員が最後の一カ国まで、一心に祈りを捧げた稀なる式典だった。

参加者の感想
ハイブデミール・リュドストゥブ〜(世界人類が平和でありますように)を何度も聞くうちに、平和がいかに大切なことなのか、心の底から感じられた。生涯で初めてのことだった。(バヨルカ市長)
式典中に鳥肌が立った。初めての体験だった。(新聞記者)
一年がかりで準備された同セレモニー前日のリハーサルでは、少年軍人らの余りの誠実さと純粋さに、スタッフは鳥肌が立ったという。終了後、少年兵士たち2名がやって来て、こう言った。「この運動をする会に入りたいのですが、どうしたら良いですか?」

2009年4月
上記セレモニー終了後、環境副大臣etc.約30名の前で、日本最新の2テクノロジーを紹介。
1、チェルノブイリの放射能やPCB等を始めて処理できるガイア・ブラックホール。
2、エネルギー問題に悩むウクライナに適した“新型蓄電テクノロジー”。翌日、ハイテク専門の国営企業「ウクルネオテクノロジーズ」社長らと会談し、協力関係を結ぶ。10月再訪予定。

2009年8月
スリランカから、神事舞踏のキャンディアンダンス子供代表アーティストらが来日公演。ユニバーススターによって“ピースアーティスト”に認定されたピーター・スーラセーナ氏(大統領の師)に率いられた、コンクール金賞受賞の子供たちは、伝統を受け次いだ気高い舞踏を生き生きと披露。主催は、スーラセーナ氏の息子で、ピーススクール“スリランカ舞踏研究所”所長のスサンタ・スーラセーナ氏。

2009年8月
ピースメッセージ、ピースドールを、ウイーンフィルハーモニー管弦楽団ほかドイツ、オーストリアの軍人を含めた庶民に手渡す。

2009年9月
来年7月のクリミア・ピースフェスティバルの協力要請のため、ウクライナ正教会総主教フィラレットに謁見。全面的な協力を約され、後日早速打ち合わせに入った。

2009年10月(予定) ウクライナ共和国のクリミアとキエフに、3社の社長らを連れ、2010.7.31の平和式典の契約と、商談に訪れる。会談する相手は、ティモシェンコ首相、閣僚会議メンバー、チギプコ大統領候補、バカイ・ウクライナ科学アカデミー総裁、ピュートル国営企業社長、クリミア等多くの市長たち、アルテック総裁etc.である。
日本からは、
1、放射能処理のガイア社長
2、EVのグローバルコマース社長
3、LEDのエクセルキョウト社長etc.
★合計15の学校が、ピーススターズによってピーススクールに認定された。それらはキエフ、イワノ-フランキフスク、ポルタヴァ、ノーヴィーサンジャーリとシジエヴォにある学校。軍の学校「キエフリツェイ」、ウクライナ大学、聖歌合唱団「キエフ・フレスコ」を含む。
≪その他の国での活動報告≫

1989年
○キエフ、ハバロフスク、レニングラード、モスクワを訪れ、旧ソ連でピースセレモニーを開催。
○ピース・メッセージ他を、バルト3国で寄贈。

1992年
○国連のアッセンブリー・ホールのピースセレモニーに参加。

1993年
○米国のアメニア・サンクチュアリーでのピースセレモニーに参加。

1996年
○「チェルノブイリと広島」についてのオリジナルのドキュメンタリー映画制作。クロアチア、アメリカ、オーストラリアに紹介。ウクライナへの理解を深める。

2001年
○子どもたちと被害者の為にアフガニスタン、タイ、グルジアに寄付金贈呈。

2004年3月
○スリランカを訪問。通商大臣・カルナナーヤ氏はCO2回収型発電導入に同意。
○新通商大臣バンダラナイケ氏や他の閣僚とともに、大統領公邸にて会談。JVP与党の党首、アマラシンハ氏とともに、アジアの 未来について会談。これらのことは様々なマスコミで放映、掲載される。
○スリランカの与党党首や閣僚を閣僚の平和を創る政治家のリーダー“ピースステイツマン”として認定。

2004年4月
○ネパールの国王の師にあたる方の招待を受け、カトマンズやポカラを訪問。ネパール中のボーイスカウトやガールスカウトの リーダーたちと、ピースセレモニーを開催。
○ネパール国会議長ラナバット氏にピースポールを贈呈。
○ネパールで2校をピーススクールに認定。このことは新聞、雑誌に掲載される。
○ネパール・ボーイスカウト総長は、CO2回収型発電をネパール導入することに同意。

2004年5月
○ピーススターズの農業部門が農林省高官達と交流。調査を行う。

2005年
○スリランカの津波災害に、寄付金贈呈。

2006年7月
○スリランカの津波とテロによる孤児院をピーススクールに認定。
○スリランカ環境副大臣、国家水道局長と会談し、「ミハエル」「浄水技術」etcを国策として導入する道を開く。
○スリランカ第一のスアラオス社と独占契約し、アーユルヴェーダとハーブの日本導入プロジェクトスタート。
○スリランカの全地域にピーススクールを創る提案を、スリランカ政府から受ける。

★現在までに世界で、31校をピーススクールとして認定。また5グループを“オフィシャル・ピース・スター”(世界に平和を広める
アーチスト)として認定。